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徳島地方裁判所 昭和49年(ワ)210号 判決

原告

山口貞男

ほか三名

被告

片岡貞男

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、各金二四万一、二六九円および内金二〇万一、二六九円に対する昭和四八年一月二日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告ら)

一  被告らは、各自、原告らに対し、各金四九万八、三三二円および各内金四三万〇、八三二円に対する昭和四八年一月二日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

三  請求の趣旨第一項につき仮執行宣言。

(被告)

一  原告らの請求はいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者双方の主張

一  請求原因

(一)  事故の発生

原告らの母山口ユキノは次の交通事故によつて死亡した。

1 日時 昭和四八年一月二日午後〇時一〇分頃

2 場所 徳島市吉野本町四丁目四五番地先道路上

3 加害車両 営業用普通乗用自動車

運転者 被告片岡貞男

4 被害者 山口ユキノ

5 態様 被告片岡は、右道路を時速約五〇キロメートルで南進中、被害者ユキノが右道路を東から西に向けて横断歩行し始めたのを約二一メートルの距離に至つて発見し、急制動の措置をとつたが及ばず、自車前部を同人に衝突させ、路上に転倒させた。

6 結果 脳底骨折の傷害を受け、事故当日の午後七時頃徳島市寺島本町西三丁目一六番地橘病院にて死亡した。

(二)  責任原因

1 被告有限会社ことぶきタクシー(以下被告会社という)は、本件加害車両を所有し、業務用に使用し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

2 被告片岡は、前記のとおり本件事故現場附近の道路を南進中、前方約三四・二メートルの地点に道路東側を南方向に歩行中の被害者ユキノ(当時七七歳)が立ち止まるのを認めたのであり、同所附近道路は徳島県公安委員会が道路標識により最高速度を毎時四〇キロメートルに制限しているのであるから、直ちに減速徐行して同女の動静に注視し、交通の安全を確認すべき注意義務があるのに、これを怠り、警笛を吹鳴したのみで、同女が自車の進行に気付き避譲してくれるものと軽信し、漫然右最高制限速度を超える時速約五〇キロメートルのまま進行した過失により、本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条により、原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

(三)  損害

1 亡ユキノの逸失利益

(1) 家事労働力喪失による逸失利益 金八六万五、八七三円

亡ユキノは、本件事故当時、原告山口貞男方に同居していたが、同原告は徳島県美馬郡の川井小学校長、同原告の妻久江は徳島市立応神小学校教諭として勤務していたため、原告山口貞男方の掃除、洗濯等一切の家事労働に従事していた。同人の右家事労働力は、女子労働者の平均賃金年額金四八万五、九〇〇円(但し昭和四六年賃金センサス第一巻第一表全産業女子労働者平均給与額中年令一八歳から一九歳の平均賃金額)と同額の収入に相当する。亡ユキノは、本件事故当時七七歳であるから、就労可能年数を三・一年とし、同人の生活費として前記金額の五〇%を控除し、ホフマン式計算により年五分の中間利息を控除して同人の死亡時における現価を算出すると金八六万五、八七三円となり、これが亡ユキノが家事労働力の喪失により蒙つた損害である。

(2) 恩給受給分の喪失による逸失利益 金一二二万八、七二二円

亡ユキノは、生前、亡夫山口貞一とともに長年教員として奉職していたので、本件事故当時、恩給法による自己恩給として年額金二〇万八、四八六円、亡夫貞一の遺族扶助料として年額金九万四、一五五円、合計金三〇万二、六四一円の支給を受けていた。右恩給および扶助料は本人が死亡するまで得られるものであるところ、昭和四六年度簡易生命表によると七七歳女子の平均余命は八・一二年であるから、右期間の恩給および扶助料の総額につき生活費としてその五〇%の金額を控除すると、金一二二万八、七二二円となり、これが亡ユキノが恩給受給権の喪失より蒙つた損害である。

(3) 遺族年金受給分の喪失による逸失利益 金四二万八、七三六円

亡ユキノは、本件事故当時、厚生年金保険法による亡夫貞一の遺族年金として年額金一〇万五、六〇〇円の支給を受けていたもので、これは本人が死亡するまで得られるものであるから、前記(2)同様の基準で算出すると、亡ユキノは右遺族年金受給権の喪失により金四二万八、七三六円の損害を蒙つたことになる。

(4) 損益相殺

亡ユキノの前記逸失利益は合計金二五二万三、三三一円となるところ、自賠責保険から金一三〇万円が支払われたので、右逸失利益の内金に充当して控除すると、残額は金一二二万三、三三一円となる。

2 原告らの相続 各金三〇万五、八三二円

原告らは、いずれも亡ユキノの子として、それぞれ相続分四分の一の割合で亡ユキノの前記損害賠償債権を各金三〇万五、八三二円あて相続した。

3 原告ら固有の慰藉料 各金七五万円

(1) 原告らは、本件事故による母ユキノの死亡により甚大な精神的苦痛を蒙つた。これに対する慰藉料は原告ら各自につき各金七五万円(合計金三〇〇万円)が相当である。

(2) 損益相殺

原告らは前記慰藉料につき自賠責保険金から各金六二万五、〇〇〇円あて支払を受けたので、右慰藉料の内金に充当して控除すると、残額は各金一二万五、〇〇〇円となる。

4 弁護士費用 各金六万七、五〇〇円

被告らは、本件事故に対する損害賠償につき誠意がなく、任意に履行しないので、やむなく、原告らは、原告訴訟代理人に本件訴訟手続を委任し、着手金として同代理人に金一〇万円(各自金二万五、〇〇〇円を負担)を支払い、報酬として本訴請求額の一〇%に相当する金一七万円(各自金四万二、五〇〇円を負担)を支払う旨約した。従つて、弁護士費用は原告らそれぞれにつき各金六万七、五〇〇円である。

(四)  よつて、原告らは、被告ら各自に対し、前記損害賠償請求権各金四九万八、三三二円および各弁護士費用を控除した各金四三万〇、八三二円に対する不法行為の後である昭和四八年一月二日から各完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による各支払を求める。

二  答弁

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  請求原因(二)の事実は認める。

(三)  請求原因(三)の事実に対する認否は次のとおりである。

1 同1(1)の事実は争う。亡ユキノは本件事故当時七七歳の高令であり、かつ、同人は家事に専念していたものではないから、同人の家事労働による逸失利益を全女子労働者の平均賃金で算定することは不当であり、むしろ逸失利益としての損害は否定されるべきである。

同1(2)、(3)は争う。逸失利益は労働能力喪失による損害であるところ、亡ユキノの恩給、遺族扶助料および遺族年金は、いずれも、亡ユキノの労働の対価としての性質を有するものではないから、右恩給等受給分の喪失は損害賠償の対象となる逸失利益とはいえない。仮に逸失利益性が認められるとしても、右逸失利益の算定に際しては中間利息を控除すべきである。

同1(4)の事実中、自賠責保険金が支給された事実は認める。

2 同2の事実中、原告らと亡ユキノとの身分関係は不知、その余は争う。亡ユキノの前記恩給、遺族扶助料および遺族年金の各受給権は亡ユキノの一身専属的権利であるから、右受給権喪失による損害は相続の対象とはならない。

3 同3(1)の事実は争う。同3(2)の事実中自賠責保険金が支払された事実は認める。

4 同4の事実は争う。

本件事故の損害賠償について原告山口貞男と被告会社間において自賠責保険金以外に何らの請求をしない旨の合意が成立し、被告会社が自賠責保険金の請求手続に極力努力し、原告らは右保険金を受給したにもかかわらず本訴を提起したもので、右提起は被告らの不当抗争によるものではないから、弁護士費用を損害と認めることはできない。

三  抗弁

(一)  損害賠償請求権の放棄

原告山口貞男と被告会社間に、同原告は本件事故による損害賠償債権につき自賠責保険金によつて支払われた分を除く残債権を放棄する旨の合意が成立し、同原告は右保険金を受領したから、同原告の損害賠償債権は消滅している。

(二)  過失相殺

本件事故の発生については亡ユキノの過失がその主要な原因をなしている。すなわち、被告片岡貞男は、亡ユキノが同一方向に歩行しているのを認め(但し本件事故当時は降雨中で、亡ユキノは傘をさして歩行していたため、同人が老女であることの認識は不可能であつた)、警笛を吹鳴して警告を与えた。ところが、亡ユキノは、老令で難聴であつたため右警笛に気付かず、道路西側にある郵便ポストに郵便物を投かんするため、急に、道路東側から西側に向けて横断を始めた。本件事故現場の道路は通常車の交通頻繁な道路であり、かかる道路を横断する歩行者は道路の左右の安全を十分に確認したうえで横断を開始する義務があるにもかかわらず、亡ユキノは、右歩行者の義務を怠り、本件加害車両の進行に気付かず、前記のとおり右道路を突然に横断しようとして本件事故に遭遇したものであるから、右事故の発生については亡ユキノにも大きな過失があつたといわねばならず、原告らの損害額の算定については右過失が斟酌されるべきである。被告片岡と亡ユキノの右過失割合を対比すると、被害者ユキノの過失割合は五〇%を超えるものと思料される。

四  抗弁に対する認否

(一)  抗弁(一)の事実は否認する。

(二)  抗弁(二)の事実を否認する。

仮に本件事故の発生につき、亡ユキノに過失があつたとしても、その過失割合は二〇%と認めるのが相当である。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故および責任原因

請求原因(一)(二)の事実は、当事者間に争いがない。

そうすると、被告会社は自賠法三条により、被告片岡は民法七〇九条により、各自、本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

二  損害

(一)  亡ユキノの逸失利益

1  家事労働力喪失による逸失利益

(1) 〔証拠略〕によると、亡ユキノは、明治二八年八月一日生れで、本件事故当時七七歳であり、同人は徳島女子師範卒業後、二〇年以上教員として奉職し、その間大正八年一二月一一日亡山口貞一と結婚し、亡夫との間に原告四名をもうけ、本件事故当時は原告山口貞男方に同居して同一世帯にいたこと、右事故当時、原告山口貞男は徳島県美馬郡木屋平村の川井小学校校長として同地に単身赴任し、土、日曜日のみ帰宅し、同原告の妻久江は徳島市立応神小学校教諭として勤務するいわゆる共稼ぎ夫婦であり、同原告らの長男志朗(当時二五歳)は父母と同居して市内の薬局に勤務し、同長女純子(当時一九歳)は父母と別居して神戸女子薬大に通学していたこと、亡ユキノは、事故前高令の割に健康体であつたうえ、原告山口貞男方が右のような家庭状況で、主婦として家事に専従する者を欠いていたため、同原告方の炊事、洗濯、買い物といつた家事労働において大きな役割を占め、同原告の妻久江は勤務休日の日曜日に家事に専従できる程度であつたことが認められる。

〔証拠略〕によると、本件事故により右ユキノが死亡した後、原告山口貞男方の家事労働は、家事手伝人を雇うこともなく、妻久江が専らこれに従事していることが認められるけれども、〔証拠略〕によると、右事故後の昭和四八年一二月長男志朗が結婚し、同人は独立して別世帯を持ち、原告山口貞男は徳島県教育委員会指導主事に転勤して、夫婦二人のみに家族構成が変化したこと、およびユキノの死後適当な家事労働の担い手がないため、やむなく右久江が主に夕刻勤務から帰宅後家事に専従しているもので、ユキノの生前に比すると家事の処理時刻も遅れ勝ちであることが認められる。

(2) 右認定事実のとおり、亡ユキノは、本件当時七七歳の無職の家庭婦人であつたものであるところ、主婦の家事労働は、金銭を媒介することなく、直接その成果が家庭経済にあらわれ、主婦を含む家族がその成果を享受しているのであるから、単に金銭収入がないという事から直ちにその収益性を否定すべきではなく、主婦の家事労働による生活利益ないし支出の節約という点にその収益性を求めることができる。ただその財産的評価は現実に行なわれていた家事労働の具体的な質と量に応じて個別的に測定されなければならず、当裁判所は、右評価の適当な測定方法としては、結局、女子労働者の平均賃金を基準に個別的な事情を斟酌して算定するのが最も妥当であると考える。そして、前認定の亡ユキノの生前の家事労働の内容、割合、年令、原告山口貞男方の家族構成等に鑑みると、その家事労働の価値は十分経済的に評価しうる程度のものであり、少くとも全産業女子労働者の年令別平均賃金の五〇%と同額であると認めるのが相当である。そして労働者労働統計調査部編「昭和四八年度賃金構造基本統計調査報告」中の同年度における全産業女子労働者の年令六五歳以上の者の月額平均給与額(所定内給与)が金四万六、〇〇〇円であることは当裁判所に顕著な事実であるから、亡ユキノの本件事故当時の家事労働の価値はその五〇%の月額金二万三、〇〇〇円と算定される。また、同人の稼動期間中の生活費は前記諸事情に鑑みその五〇%と認めるのが相当である。そして、当裁判所に顕著な昭和四八年度簡易生命表によると七七歳の女子の推定平均余命は約八年であり、亡ユキノの健康状態からすれば、本件事故がなければ同人は右平均余命を全うし、少くとも、その後三年間は前記家事労働に引続き従事していたであろうことは推測に難くない。従つて亡ユキノの家事労働の喪失による逸失利益は合計金四一万、四、〇〇〇円となるところ、年別複式ホフマン計算法にもとづき、年五分の割合による中間利息を控除して本件事故時における現価を算出すると、金三七万五、八〇一円となる(円未満は切捨、以下同じ)。

2  恩給および扶助料受給分の喪失による逸失利益

(1) 〔証拠略〕によると、亡ユキノは、亡夫貞一と共に長年公務員たる教員として在職し、本件事故当時、恩給法による自己の普通恩給として年額金二〇万八、四八六円、亡夫貞一の遺族扶助料として年額金九万四、一五五円を受給していたこと、右普通恩給および遺族扶助料は受給権利者であるユキノの死亡により受給の権利が喪失し、亡ユキノ本人死亡の場合遺族に支払われるべき遺族年金も受給資格の該当者がいないため、本件事故以後、前記恩給および扶助料は全く支給されなくなつたことが認められる。

(2) ところで、恩給等年金受給分の喪失による逸失利益性を認めるためには、各法規に定められた各種恩給等年金の法的性格を吟味する必要があるが、一般に各種年金には損失補償的性格と生活保障的性格とが混在しており、恩給法が規定する恩給一般(扶助料を含む)についても、その制度目的に照らし、当該本人のみならず、その者の収入に依頼する家族に対する損失補償ないし生活保障の目的をもつて給付されるものであり、また、扶助料は、恩給権者の死亡を契機として、その遺族に対する損失補償ないし生活保障のために給付されるものであると解するのが相当であり(最判昭和四一年四月七日民集二〇巻四号四九九頁参照)、損失補償としての性格をも有するとみる限り恩給の逸失利益性および相続性は肯認されねばならない。もつとも、恩給等の年金は、労働の対価としての性質を有するものではなく、受給権者の存在自体に対し支給されるものであるから、労働能力と無関係に所得収入減を逸失利益と認める立場からはその逸失利益性に問題はないが、労働能力の喪失を逸失利益と把握する立場からは疑問があろう。しかし、元来、逸失利益に関する労働能力喪失説は従来所得喪失説の立場では逸失利益算定のうえで困難ないし不合理な場合について考えられたものであつて、逸失利益の算定につきいずれか一方のみで全事例を律する必然性があるものではない。すなわち、逸失利益の算定のためには、所得収入の差額や労働能力の喪失割合を総合して適正に判断すればよいのであつて、恩給および扶助料等、存在自体が利益を生むものについても、逸失利益性を否定すべき理由はない。従つて、恩給等受給分の喪失による損失は損害賠償の対象となると解すべきである。

(3) 前記の如く、亡ユキノの本件事故当時の推定平均余命は八年と認められるところ、前記恩給および扶助料は受給権者のユキノが死亡するまで支給されるものであるから、亡ユキノは本件事故により右余命期間の恩給および扶助料の受給額合計金二四二万一、一二八円を喪失したことになる。

ところで、右逸失利益の算定についても、当該期間の生活費を控除すべきであるが、控除すべき生活費の額については家事労働力の喪失による場合と別異の解釈を検討する必要がある。すなわち、本人の就労可能期間経過後は生存に必要な最低生活費部分のみが支出されているとみるべきであり、前記の如く、亡ユキノは、就労可能期間中である本件事故当時年額金一三万八、〇〇〇円の生活費を必要としたとみられるので、諸般の事情を考慮すると、ユキノの就労可能期間経過後の最低生活費は右稼動期間中の生活費の五〇%に相当する年額金六万九、〇〇〇円と認めるのが相当である。そこで、亡ユキノが恩給および扶助料の受給権を喪失したことによる逸失利益をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して右事故当時の現価に算出すると次のとおりとなる。

〈1〉 就労可能期間中の逸失利益の現価(但し、この期間中の生活費は前記1で控除済みである)。

302,641円×2.7242=824,454円

〈2〉 就労可能期間経過後余命期間中の逸失利益の現価

(302,641円-69,000円)×(6.4632-2.7242)=873,583円

〈3〉 すなわち、亡ユキノの恩給および扶助料受給権の喪失による利益現価は合計金一六九万八、〇三七円となる。

(4) そうすると、亡ユキノは、本件事故による恩給等の受給権の喪失により、金一六九万、八、〇三七円の得べかりし利益を喪失し、同額の損害を蒙つたというべきである。

3  遺族年金受給分の喪失による逸失利益

(1) 〔証拠略〕によると、亡ユキノは、本件事故当時、厚生年金保険法にもとづき、亡夫貞一の遺族年金として年額金一〇万五、六〇〇円の支給を受けていたところ、本件事故による死亡により右受給権を失権したことが認められる。

(2) 厚生年金保険法による遺族年金についても恩給、扶助料と同一の法理によりその受給分喪失による損害を認めるのが相当であり、右年金は受給権者が死亡するまで支給されるものであるから、亡ユキノは前記余命期間中の右年金合計金八四万四、八〇〇円を喪失したものというべきところ、ホフマン式計算法により中間利息を控除して本件事故当時の現価に算出すると(亡ユキノの余命期間中の生活費は前記1、2で全部控除済みであるから、右逸失利益の算定については生活費を控除しない)、金六八万二、五一三円となる。

(3) そうすると、亡ユキノは、本件事故による遺族年金受給分の喪失により、金六八万二、五一三円の損害を蒙つたといえる。

4  以上のとおり、亡ユキノの喪失した逸失利益現価は合計金二七五万六、三五一円である。

(二)  相続

前記のとおり原告らは亡ユキノの子であり、〔証拠略〕によれば原告らが亡ユキノの相続人のすべてであることが認められるので、原告らは、亡ユキノの死亡により、同人の前記損害賠償債権をそれぞれ相続持分四分の一の各金六八万九、〇八七円あて相続したこととなる。

(三)  原告ら各自の慰藉料

原告らが、亡ユキノの子として、本件事故による母の突然の死によつて甚大な精神的苦痛を蒙つたことは推測に難くなく、本件事故の態様、亡ユキノの年令、家庭内における地位その他本件弁論にあらわれた諸般の事情を考慮すれば、原告らの慰藉額は各自金七五万円が相当であると認められろ。

三  過失相殺

〔証拠略〕によると、以下の事実が認められる。本件事故現場は幅員一一メートルの歩車道の区別のない舗装道路上で、見とおしは良好であり、附近に横断歩道はなく通常時は交通頻繁な市街地であるが、事故当日は正月のため交通量は少なかつた。右事故現場附近の道路は徳島県公安委員会が道路標識により最高速度を毎時四〇キロメートルに制限している。被告片岡は加害車を運転して右制限速度を超える時速約五〇キロメートルで道路中央附近を南進中、前方約五〇メートルの同道路左側端から約一メートルの地点を同一方向に歩行中のユキノを発見し、そのまま進行してユキノに約三四・二メートルの距離に近づいたとき、歩行中のユキノが立ち止まつて佇立するのに気づき、同時にユキノが老女であることも認識したが、その際ユキノが道路中央方向に寄ろうとする気配であつたので、警音器を吹鳴し、これによつてユキノが加害車の接近に気づいたものと考え、従前の速度のまま約一三メートル進行したところ、前方約二一メートルの地点に東から西へ道路の横断を開始したユキノを認め、あわてて、急制動の措置をとつたが及ばず、道路中央線の左内側附近で加害車前部をユキノに衝突させ、約二・八メートル先にユキノを転倒させた。一方、ユキノは、事故当日年賀状を投かんするため、自宅近くの前記道路上を南方向に歩行し、道路西側の吉野本町郵便局前に設置されている郵便ポストに近づくため、同道路を東から西へ横断し始めたところ、南進してきた加害車に衝突した。亡ユキノは健康で、目や足に不自由がなかつたが、老令のため少し難聴があり、また事故当時は降雨のため傘をさして歩いていた。以上のとおり認められる。

右認定事実によれば、被告片岡は、前方道路左側に歩行を止めて佇立した老女を認めたのであるから、直ちに減速し、特にその動静を注視し、その安全を確かめて進行すべき義務があつたところ、警音器を吹鳴したのみで、同女が加害車の接近に気づき、進路上から避譲し、また進路上に立ち入らないものと軽信し、その安全を確認することなく漫然と進行したもので、同被告に運転上の過失があつたことは明らかである。一方、亡ユキノにおいても、たとえ難聴で、警笛に気づかなかつたとしても、右方向をよく注視すれば、加害車の接近に気づいたはずであるのに、右安全を確認せずに道路の横断を開始しかけたもので、同人にも不注意のあつたことは否定できない。このように、本件事故は、被告片岡と亡ユキノの過失が競合して発生したものと認められ、右過失の割合は、前記認定の諸事情を考慮すると、被告片岡八、亡ユキノ(原告ら側)二とするを相当と認める。

よつて、右の割合で過失相殺をした後の原告らの各損害額(後記弁護士費用を除く)は、各金一一五万一、二六九円となる。

四  損害の填補

原告らが自賠責保険から金三八〇万円を受領し、これを各自の損害に金九五万円あて充当したことは当事者間に争いがないので、右損害填補により、原告らの損害額は各金二〇万一、二六九円となる。

被告らは、原告山口貞男は本件事故による損害賠償債権につき自賠責保険金によつて支払われた分を除く損害の請求権を放棄する旨の合意が被告会社との間に成立した旨主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はない。

五  弁護士費用

〔証拠略〕によると、本件事故後原告鎌田窺也と被告会社代表者岡本稔との間で本件事故による損害賠償額について示談交渉をし、原告ら右損害額につき金六〇〇万円を請求したが、被告会社は自賠責保険金額を支払限度と主張し、結局、右示談は成立をみるに至らず、被告会社も訴訟手続による解決を希望したため、原告らは被告らが任意の弁済に応じないものとして、その取立のため、やむなく、本件原告代理人に本訴の提起とその追行を委任したことが認められる。右認定事実によれば、原告らが本件交通事故による損害賠償を請求するため弁護士に委任して本訴を提起したことは被告らの抗争態様等に照らし相当と認められる。そこで、本件事案の内容、審理経過、本訴請求額および認容額等に照らすと、原告らが被告に対し求めうる弁護士費用の額は原告ら各金四万円と認めるのが相当である。

六  結論

そうすると、原告らの本訴請求は、被告ら各自に対し、各金二四万一、二六九円およびこれから弁護士費用を控除した各金二〇万一、二六九円に対する本件事故の日である昭和四八年一月二日から各支払済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤田清臣)

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